2001年2月


       
神田うの

UNOカード

また雪?

オイル効果

陽射し

間違い電話

感度の差

迷惑メール

冬の朝風呂
10
進路を北に
11
だるま市
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心霊印刷?
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三連休の後
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P503i
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100M接続
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プロ意識
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嬉しい便り
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初練習
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暖かい朝
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三日月の朝
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大阪の朝
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コート不要
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百科辞典
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冬へ逆戻り
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声と年齢
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春まで何回
27
寝過ごして
28
2月29日
     

2001年2月28日(水)2月29日

2月も最後。2月29日生まれだと、28日か3月1日生まれとして届けるケースも多いと聞くが実際どんなものなのだろうか?きっと、29日が誕生日という方もそれなりにいらっしゃるはず。小学生の頃には、何月生まれの誕生会とかクラスで行われていたように思う。それとは別に個人宅に友人を集めてなど。3月末や7月末など、春休み、夏休み期間に誕生日があると忘れられてしまうということもあった。また、クリスマス付近だと一緒にされた挙句に、クリスマスがメインとなってしまったりする。そろそろ花粉症の兆候が出始めている。数日前から目が、今朝は、鼻水とくしゃみが少し出始めている。昨年頃より、車内でオニギリを食べることが多くなった。そもそもは、月曜朝など通常より40分弱早く家を出なくてはならない時に、オニギリを作ってもらい車内に持ち込んでいたのだが、通常の時間帯に乗る場合でも、そうすることが多くなってきた。オニギリって美味しいんだよね。通勤時に限らず、休日のソフトボールの朝練に向かう際もオニギリだ(この場合は、家内の手作りではなく、コンビニのオニギリ)。有明の海苔はエライことになっているが、海苔は毎日の必需品なので早く解決することを期待したい。家内の名誉の為に補足しておくが、オニギリを持参することが多いのは、家内がぎりぎりまで寝ていて朝食の準備が出来ないからではない。単に、自分が、オニギリを車内で食べるのが好きになったからなのだ(こうやって言い訳するあたりが、かえって怪しいか・・)。自然環境を壊すことは容易だが、回復の道のりは長い。将来のことを考えて、きちんとした対策をとってもらいたいものだ。自然には自浄作用があるし、微生物などの働きも良く耳にする。限度を超えなければ、自然は自らを維持する力を持っているのだ。そんな素晴らしい力を人間が浅はかに潰してはならない。帰りは、走りに走って駆け込む。これだけ走ると、流石に、しばらく咳き込んでしまう。自転車にバリバリ乗っていた頃なら、これ位走っても、そんなにバフバフしなかったのだろうが、体力低下をしみじみと感じる。明日から3月。折角、早起きしているのだから、30分でも体に良いことをしようかと思い立つ。朝、起きてすぐは、体の栄養分が欠乏しているし、醒めきっていない体に負荷をかけるのは、体に悪いと思っていたのだが、これだけ、脂肪を蓄えた今では、欠乏なんていう心配はいらないのかもしれない。てなわけで、明日朝から、早起き○○を実行する予定。

2001年2月27日(火)寝過ごして

昨晩は郡山まで寝過ごしてしまった。那須塩原を発車するところまでは記憶にあったのだが、10分程度のところで寝入ってしまったようだ。いつもそうなのだが、何故か、新白河発車後5分程度たってから目覚める。そして、「今日は遅れているのかな。もう、とっくに新白河に着く時間なのに・・」と思うことである。そうこうするうちに、郡山の景色(夜景)が、否応無しに目に入り現実を認識するのだ。でも、最終の1本前だし、当然戻りの新幹線はあるだろうと思っていたが、下りの新幹線は無い。結局、最終で寝過ごした時と同様、在来線で矢吹まで戻るというパターン。家内に迎えに来てもらうことに。佐藤知事が県議会でプルサーマル受け入れの延期に言及したようだ。MOX燃料容器のデータ改竄やJCOの事故など安全面・信頼性も理由に挙げていたようだが、最も大きいのは、先日の3〜5年、新規電源開発を凍結という東電の発表への不快感の表明なのではと思えた。プルサーマル計画については、そういった地域振興の目ではなく、安全性・経済性でしっかり判断していただきたい。昼休みに、シグマリオンをチェックしてみた。値段はこなれており、心太さんが言っていたように4万円を切っている。衝動的に買ってしまいそうな雰囲気もあったのだが、ある一点に気付き本日は断念した。カードスロットが、コンパクトフラッシュ仕様なのだ。当然、デジカメの写真も取り込みたいと思っていたが、自分のデジカメは、スマートメディア。PCカードアダプタを介してノートパソコンに取りこんでいる。シグマリオンの場合は、それはできないことになる。誰か、良いアイデアをお持ちであれば、教えていただきたい。帰りは、スタバでお久しぶりのMさんとお話をすることに。お初のSさんも交えて、楽しい一時であった。新幹線通勤の話題を、心置きなく、率直に話ができた時間であった。明後日、さらに楽しいイベントが待っている。最終の一本前に乗る。昨晩、寝過ごしたのと同じ時間。今日は、気をつけなくては。那須塩原発車直後に、車販ワゴンが登場。この時間帯には良く顔を合わせるKさんだ。今日も、目があってしまった。その、阿吽の呼吸で、買物をしてしまう。でも、とっても良い方だ。私は、密かなファンである。

2001年2月26日(月)春まで何回

今月も、あと3日。2月は、あっという間に過ぎる。昨晩も雪が降ったようで、外は、うっすらと白い。さすがに、この時期になると、春までに、あと何回降るのだろうか?と、残り回数を数える心境になってくる。春は待ち遠しいものの、まもなく終わる冬との別れも、少し寂しいものがある。昨晩は、目が痒かった。花粉症に悩まされる日が近づいているようだ。国土交通省によれば、ホームから線路への転落者は、けが・死亡しない人も含めて、年間700件。そのうちの、5〜7割が酔った客とのこと。JR東日本は、都内24駅のホームの67店舗で酒類販売を自粛するそうだ。酒類の販売は、1200店舗で年間100億円になるらしく、販売自粛は売上面では痛手になるようだ。人の悪口は苦手である。どんな方にも、それなりの良いところがあり、それが目につくことが多いので、一つ、二つの些細なことで、どうのこうの言うのは好きではない。ある意味では、とっても寛容・寛大な人間なのだ。ただ、裏を返せば、人との関わりを希薄にとらえているからなのではと・・感じることもある。人間、深く、真剣に関わりあおうとすればするほど、相手のいろいろなところが気になるのが普通だと思うから。今日は月曜日。少し心がブルーなのかもしれない。帰りは、ご機嫌の酔っ払いだったりする。日頃、あまり関わりの無い方々の前で、小一時間話す機会があり、その後、打ち上げにも参加することに。いろいろと率直に話が出来て、とっても面白かった。ブルーかも・・などと言う贅沢な迷いは遠い地の果てへ。すっかり、元気な自分に戻っている。子供達は、”ハリー・ポッター”シリーズにはまっている。娘などは、呪文一覧表まで、こさえている。これだけの熱意を英語にでも注げば、パソコンも確定だったのに、3点ほど足りなかったようだ。さすがに、ノートパソコンのバッテリーがヘタッタということで、パソコンショップに電話してみる。最初の、○十○電機こそ、在庫が無かったものの、さく○○は、在庫があった。店の方曰く、「在庫あるんですけど、高いですよ。」。「幾ら、するの?」。「\25,***です。」。うーん、確かに高い。だから、PDAでも買おうかと思うのだ。などと考えているうちに、気がつくと、郡山だったりする。戻りの新幹線はない。

2001年2月25日(日)声と年齢

黒磯駅まで乗って来た在来線那須塩原駅の始発新幹線に乗る(こまち車輛)グランド付近のワンコログランド付近のワンコロ
4時半に目覚める。いつも目覚めは良いのだが、朝練のある日は、いてもたってもいられないような気分で体が一気に目覚めてしまう。昨日、雪で運動ができなかった欲求不満があるから、なおさらである。今朝は冷え込んだらしく、車のガラスがバリバリに凍っている。5:28発の在来線に乗る。ひょっとしたら、今年初の利用かもしれない。浦和のグランドまで約100分の行程。那須塩原では、やまびこに連結された、こまち車輛の方に乗りこむ。座席がゆったりしているし、電源コンセントも確保できるから。コンビニのオニギリを頬張り、持参の珈琲を飲む。オニギリにはお茶というのが一般的ではあるが、とにかく、朝は珈琲。二十年以上通してきたパターンである。ドラえもんの声を担当して22年になるという大山のぶ代さん。さぞかし、声(のど)の維持には気を遣っていることだろう。あの声あってのドラえもんという感じだから、これからもずっと元気にやり通して欲しいものだ。声も年齢とともに変化すると思うが、大山さん(ドラえもん)の声は、1年目と22年目で、どれ位違っているのだろうか?機会があれば、是非、注目して聞いてみたいものだ。大山さんは、あのお年なので、これからしばらくは、余り変わらないのではと思ったりする。TVドラマでシリーズ化している水戸黄門、ここしばらく見ていないが、若い頃(暇な頃)は、結構見ていた。水戸黄門を担当される役者さんが変わったりすると、しばらくの間、あの高笑いがしっくりこなかったものだ。雑誌の写真などで顔だけ知っていた方が居たとして、しばらくしてからTV番組などで声を聞いてガッカリということもある。声は重要なのだ。FM放送などで、素敵な声だなと思っていた方の顔を見てガッカリすることもある。電話の声でも同じこと。後姿の素敵な方に騙される事も多い・・イカン、声の話から脇道にそれてしまった。浦和も冷え込んだようだが、白河のそれとはレベルが違う。グランドの上を犬のように走りまわり良い汗をかく。先週に比べて、ボールを投げる肩もかなりほぐれてきた。狭いグランドだったので、バッティング練習では柵越え4本とマズマズであった。帰りは、大宮駅、9:10発のなすの号に乗る。宇都宮、那須塩原と通過待ちしながら、新白河10:19着。

2001年2月24日(土)冬へ逆戻り

連日の春のような陽気に浮かれていたら、今朝はしっかり雪が降っていた。かなり湿った雪。息子のミニバスの試合があるので、浅川町民体育館まで来ている。誰の銅像かは不明だが、頭と肩に積もった雪が何故か可笑しくて撮影してみました。

2001年2月23日(金)百科辞典

三島から見る富士昨日は都心で4月下旬並の19.7度を記録したとのこと。汗ばむはずである。白河もいつになく暖かかったらしいが、今朝は車のガラスが凍り付いている。これかrなお季節、気温の変化に体調を崩さぬように注意しなくてはならない。また、悩みの種になりそうな、花粉症の季節が近づいている。今年の花粉の放出量は昨年の数倍という話も聞くが、いかがなものなのだろうか?考えただけで、鼻がぐずぐずしてきた。CDやDVDに百科辞典の内容が収納されるようになって久しい。ディジタルメディアの特性を活かして、マルチメディア(音声、写真、動画など)データの収納やハイパーリンクによる関連付けなど、付加価値も付いている。DVD−ROM付きのノートパソコンもあるし、HDDの容量アップを見れば、百科辞典を丸ごと持ち歩くのも造作無いことだ。省スペースの効果も著しい。と、書きながらも、子供の頃に、本棚のメインの位置に鎮座していた百科辞典に対するあこがれは、どこに行ってしまったのかと、寂しさを感じるのも事実。子供心に、自分も大きくなったら、自分の本棚に百科辞典を所有したいと思ったものだ。子供の手には重たい百科辞典を本棚から引き出し、ページをめくる楽しさは、今でも忘れない。自称、モバイル派・デジタル派ではありつつ、あのアナログチックな百科辞典への想いは今も熱い。ネット上には、ありとあらゆる情報が発信されている。大概のことは、ネット上から探し出すことができる。必ずしも必要な情報が得られるとは限らないが。ネットサーフィンの醍醐味は、目的を持って検索をしているうちに、関係の無いページに出逢い、そこからわき道にそれて行くことだと思う。最近、ネットサーフィンできる時間は週末に限られており、平日は、いささか退屈気味である。本日は、三島付近から富士を見ることが出来、とっても満足。やはり、大宮〜浦和付近で見る富士山とは、違う。

2001年2月22日(木)コート不要

浦和付近から見る富士今日は気温が相当上がったのではないだろうか。コートが鬱陶しくなるほどの陽気であった。突然の気温上昇に、空調設備も対応できないのか、室温が高くなりすぎ汗ばむほどであった。こんな日があったかと思えば、また寒くなり・・を繰り返し、確実に春が近づいてくるのだろう。帰りは、久しぶりにMax号に乗る。本当に久しぶりだ。あいにくと、禁煙車両には空席が少ない。やむなく、喫煙車両に。電源コンセントのある最前列座席に座ることができた。結構、煙い。写真は、霞んでいるが浦和近辺から見た富士山。明日は、沼津付近から富士山を見ることができる予定。楽しみ、楽しみ。

2001年2月21日(水)大阪の朝

551の豚まん700系のぞみ昨日は遅い晩飯を食って戻ったら、いつのまにか寝入ってしまった。モーニングコールもアラームもセットし忘れたが、体内の目覚しは大阪の地でも正確に機能するようで、5時に目が醒めた。部屋は暖かく、窓は施錠されていて開かない上、曇りガラスで外の様子が判らない。ネット接続を試みるが部屋内では、PHSが使えない。ちなみに、携帯も圏外となることから、特に電波状況が悪いのかもしれない。仕方なくフロントまで降りて誰もいないソファに腰をおろしネット接続する。外はまだ暗いというのに、もうチェックアウトして仕事に向かう一団もいる。6時過ぎになって、自宅に電話をいれた。ネボスケ集団が眠り呆けている恐れがあるので。寝ぼけ声であったものの今朝は起きていたようだ。自分が居ない日は全員、気合が入るらしい。娘は、興奮の余り、3時頃に目覚めてしまい、その後も心配で眠れなかったことがあると言っていた。帰りは、700系のぞみに乗る。待ち時間に、ウエちゃんオススメの551の豚まんを発見。折角なので、買い求める。車中では、隣席のおじさんが、ヘッドホンステレオを結構な音量で聴き始めたので、ウルサイなあと思っていると、すかさず、後ろの席の方が立ちあがり、「音量を下げて下さい!!」と。うーん、ビックリ。でも、良かった。しばし、曇天下の車窓の風景をぼんやり眺める。浜名湖、ここは自転車のロードレースの大会で85・86年と来たことがある。85年は結婚前の家内と来てゴール前で大落車。86年は結婚直後に来て家内に初優勝をプレゼント。思い出に残る地である。東海道新幹線に乗る時には、いつも楽しみにしていることがある。富士山を眺めることだ。今日は、あいにくの雲と薄暗くなる時間帯だったため、ぼんやりと一部が見えただけだった。会社に戻り、いつもの時間帯の東北新幹線で帰路につく。日帰りで無いだけマシなのかもしれないが、さすがに、今日は新幹線も乗り疲れた感がある。

2001年2月20日(火)三日月の朝

早朝の三日月新白河駅で臨時停車するカシオペア号500系のぞみ新聞を取りに外に出たら三日月が目に入る。デジカメで撮影してみる(左上)、暗いからと思い、夜警モードに切り替えて撮影してみる(右下)、実際より、かなり太って写った。見えない部分の輪郭まで、うっすらと浮かんでいる。三日月は、何となく、うら悲しい感じがする。JR東海では駅ホーム安全対策として在来線主要駅に列車非常停止用ボタンを整備。また、通勤客が多いホームでのアルコール類販売は、酩酊の客については自粛するとのこと。ところで、酩酊の客の判断は、実際には難しそう。買いに来た客に、酩酊しているから売らない等と言えるのだろうか?先日のホーム転落事故で、最初に転落された方が酔っ払っていたということで、アルコールの方に関心がいっているようだが、ホームに落下する人の、何割が酔っ払っての転落なのだろうか?まあ、幾らなんでも、大多数が酔っ払ってというわけではないだろうから、アルコールの販売自粛もさることながら、ホーム下の退避領域確保など、いざという時の逃げ道を準備するようにしていただきたいものだ。新白河駅につくと、在来線ホームに見なれない電車が停車している。良く見ると、カシオペア号(上野行き)である。いつもなら、新幹線に連絡する在来線の通勤電車が停車or発車するのを目にする時間帯なのだが。何か不測の事態で臨時停車しているようだ。など書いていたら、いきなりバッテリー警告。おいおい、まだ10分しか使っていないんだけど。遂にバッテリーも寿命なのか。今晩は大阪に入り、明日、東京に戻る。行き帰りの東海道新幹線の中でも、パソコンをビシバシ使おうと思っていたのだが、早くも赤信号。このページも早くアップしないと電源が切れてしまう・・・。夕方になり、500系のぞみみで大阪に向かう。八重洲地下街を通った際に、人だかりが。どうも、湯原昌幸がミニコンサートを開いていたようだ。500系は、700系に比べて、やや狭苦しい感じがするのは気のせいだろうか。とは言え、さすがに、のぞみ。日頃の東北新幹線とは足元のゆったり感が全く違う。さらに、フルリクライニングした時の体の伸ばし具合は別格である。ところで、今乗っているのは、博多行き。うっかり寝過ごすとエライことになると気付く。気を付けねば。本日は、淀屋橋駅付近のホテルに入ればゴール。明日は、香里園駅まで向かう予定。
2001年2月19日(月)暖かい朝

今朝は余り気温が下がらず、暖かいとすら感じる朝。こういう朝が時々来るようになると、いよいよ冬も終りに近づいてきたのかなと思う。右腕のひじ部分が筋肉痛。久しぶりのソフトボールの後、バドミントンをしたのが原因。でも、それが心地良い。同じ疲れでも、スポーツをした後の疲れは快感である。昨日は、高橋健一選手がマラソンで頑張ってくれた。最近は、ようやく男子も活躍する姿を見せてくれるようになった。タイムがどうのこうのと言われるが、マラソンのように距離は同じでも、コース、環境、相手など異なる中、結果的に勝つということは、並大抵のことではない訳で、高橋選手の活躍に拍手を贈りたい。尚子選手も、何か良い走りをしたらしい。今の時期といえば、青梅マラソンだろうか??スポーツ新聞を見なければ・・。NRE Train Shopというのをご存知だろうか。NREとJR東日本でやっている、車内販売&通信販売の企画で、新幹線の座席の網ポケットなどにパンフレットが置かれている。時々、開いて見ている方を見かけるが、昨日、それを見て車内販売員さんに注文しているところを見た。オヤオヤ、何を購入するのかな?と少し気になった。車販用のワゴンに、そのものはあったらしく手渡しとなる。それは、薄皮饅頭だった。何か珍しい品物でも注文するのかなと思っていただけに、少し、拍子抜け。午後、用事があり、虎ノ門まで。科学文部省の前を通ると、テレビカメラに向かって熱弁をふるうキャスターらしき人が。そばを通ると、言葉は、日本語ではなかった。内容を理解することはできないが、教科書検定関連のことを報じているのかもしれない。帰りは最終。宇都宮駅を過ぎて喉の乾きを覚え売店へ。そこには先客がいたが、肝心の売り子さんがいない。先客は、「もう誰もいないみたいですね・・」と弱弱しく諦めモードで話しかけてきた。しかし、こんなお店を広げた状態で居なくなるはずは無いので、トイレにでも行っているか(これは、かなり失礼な想像なので、却下)、グリーン車に珈琲サービスにでも行っているのではないですかと答えた。すると、タイミング良く、グリーン車の方から売り子さんが現われた。先客は、感心した表情で、「ああ、来ました、来ました・・」と。なんか、笑える出来事であった。そして、その後、驚くことが。なんと、同じ車両に家内の実弟が乗り合わせていたのだ。出張帰りらしい。仙台まで帰るのだ。降り際に気付いてビックリであった。一緒だった、○○○アン・トマ○の社長さん、シュークリームをお土産にいただいてしまいスミマセンでした。とっても、美味しかったです。

2001年2月18日(日)初練習

今年初のソフトボール朝練。早起きして浦和を目指す・・はずであった。昨晩は、家内が廃品回収の担当でお疲れモード。息子もミニバスケットの練習試合で疲れて帰ってきた。授業では、縄とびがあったとのことで、二重跳び98回、後ろ跳び1000回以上とか言っていたから、そっちでも疲れたのだろう。しかし、よくそんなに出来るものだと感心する。そんなわけで、今日の夕食は、自分がご馳走することになる。ご馳走と言っても、居酒屋で夕食を済ますというものだ。お酒もいただき、すっかりご機嫌に。目覚しもかけずに寝てしまった。いつものように、5時半には目覚めたのだが、今朝は、5:28発の在来線に乗りたかったのだ。浦和での朝練は7:00から。5:28の在来線を乗り継いで、那須塩原始発の新幹線にのれば、グランドに7:10過ぎには着くのだ。結局、新白河6:30発の新幹線に乗る。グランド到着は7:50頃の予定。大幅な遅刻である。3ヶ月ぶりに仲間と会う。やはり、浦和は暖かい。実際は寒いのかもしれないが、これぐらいなら運動しようという気持ちになれる。自転車も乗る気になるだろう。白河では、こうはいかない。グランドを走りまわって、汗をかいて、とっても気持ち良かった。皆から、「少し太ったんじゃない?」と指摘される。3ヶ月前で、また太ったというのか?そんな馬鹿な!!。バッティングの調子はまずまず、守備もまずまず、ただ、まだ肩が出来ておらず、あの重いボールを本気で投げるには、今少し練習が必要である。短い時間だったが、気持ち良く練習を終え、大宮駅には、9:20に着く。時刻表を見ると、新白河に停まる新幹線は10分前に出たばかり。次は1時間以上無く、新白河着は11:50である。大宮-新白河で2時間半もかかるというのか。それは、たまらんので、9:26発のMAXやまびこで郡山まで(確信犯の乗り越し・・見逃してくれよ)、少し待ち時間はあるものの、上りの新幹線に乗換えて新白河着11:10着の予定である。正規ルートに比べて40分の時間短縮である。また、パソコンのバッテリーが心許なかったのだが、MAX号で座席下のコンセントを利用させてもらい、しっかり充電することができた。コンセントは、最前列と最後尾の二人掛け座席の下にある。自分は、最前列に座っていたのだが、いきなりドアが開き、酔っ払ったおじさんが、車販ワゴン用エレベータのドアの前に立っているのが見えた。10秒ほどたってから、おもむろに、振り返り、自分に話しかけてきた。「トイレはどこですか?」。このおじさん、一瞬、エレベータのドアをトイレのドアと間違えたようだ。でも何か変だぞと気がついたのだろう。しかし、これをトイレと間違えるというのも、相当、ヤバイかも。目の前で、おしっこされなくて本当に良かった。

2001年2月17日(土)嬉しい便り

うれしい便りが届く。内容は書けないけれど、幸せな便りは読んだ人の気持ちをも心地良くしてくれる。さて、嬉しい便りは続く。春の選抜に出身高校が出場できるのを、遅れ馳せながら、つい先日知った。そして、どういう経緯で出場できたのかなと調べてみたら、21世紀枠で出場できる2校のうちの1校に選ばれたらしい。創部111年の長い歴史の中で初出場。何十年も前に高校生だったオジサンの血も騒ぐというものだ。そして、今春より男子校に幕をおろし男女共学になる。高校時代は、共学校を羨ましく思ったこともあるが、男だけの生活は、それ以上に楽しかった。卒業して四半世紀近くになる母校ではあるが、男女共学になってしまうことには、寂しさを感じてしまうのであった。

2001年2月16日(金)プロ意識

最近、良く見かける車内販売のおばさん(お姉さんと言いいたいところだが、やっぱり無理)の中に、常に笑顔を絶やさない方がいる。昨晩は、ホームを小走りに走っている姿を見かけたが、やはり笑顔を浮かべていた。恐らく、制服を身につけた瞬間から、客の前では笑顔を絶やさないのが彼女のポリシーなのだと思う。それが、営業スマイルであっても構わない、本当にプロなんだなあと感心する。早朝・深夜の時間帯、混雑時・遅延時、変な客を相手にした時など、露骨に嫌な顔をする方もいれば、そんな顔は微塵も見せないプロもいる。そんなプロ意識に惜しみない拍手を贈りたい。傍を通ったのだが、本当に拍手をすると、間違い無く変態親父になってしまうので、心の中でひっそりと拍手をする。それにしても今朝は寒い。足元がそわそわする。にも関わらず、窓際でカーテンを閉めないお姉さんのお蔭で、眩しい光線が目に入る。寒くて眩しい。これは結構辛い。三連休が終わったばかりと思っていたら、いつのまにか金曜日。毎日が早い。そして、日々、信じられないぐらい多くの事が起きる。目まぐるしく、一日があっという間に終り、気がつけば朝だ。そんな中にあって、新幹線内で通勤日記を書く時間は楽しい。気がまぎれ、リフレッシュ・リラックスできるのだ。書いている本人はリラックスできるが、日記を読む人には何の効果も無いので、予めお断りしておく。帰りは最終。金曜日なので、いつもより混雑。新幹線に乗ってしまうと、もう週末の入り口である。お天気が気になる。特に、日曜日は数ヶ月振りに、浦和でソフトボールの朝練がある。久しぶりなので、雨や雪は、勘弁して欲しいところである。今朝の新聞にネット広告が前年比2.4倍で590億円に達したと掲載されていた。凄いなと思ったのだが、広告費全体は、年間約6兆1千億。2.4倍の伸張でも、まだ1%未満なのだ。まだまだ、これからなんだと思う。音楽のネット配信・販売が始まる。まだ、曲数は限定だが¥350/曲などという記事が載っていた。製造・物流コストが不要なデジタルデータのネット販売。携帯で好きな曲をダウンロード・購入して聴くという時代は目前に迫っているようだ。DOCOMOショップに立ち寄る。先日、バグ騒動のあったP503iは品切れ状態。正式な名称を忘れたが、PHSの64K接続カード(PinConnect?)は、\100だった。シグマリオンも在庫があるらしい。組み合わせた姿は格好良い。価格もお手頃。しかし、640ドットのウィンドウ幅では耐えられなくなってしまった自分。当分、中途半端なPDAは持てそうにも無い。

2001年2月15日(木)100M接続

新幹線のマッサージサービスと同名の看板グリーン車の前は清掃係員も多い有線ブロードバンドネットワークスが、都内の一部で100Mbps接続サービス提供。家庭用で\5,800/月という破格のレンタル料金である。詳細は不明だが、ISDNの64kbpsに始まり、ケーブルで1Mbps前後、光で10Mbpsと言っていたのは、ついこないだのことなのだが、さらに上の100Mbpsの回線が個人で家庭で使える時代になってきたというわけだ。早速、NTT東西も対抗のサービスを打ち出すらしい。うーん、どんどん状況が変化していく。ネットワークの発展は物理的な距離の差を縮める画期的なインフラであり、田舎暮しでもネットワークにさえ接続できればという発想がある。一方、ネットワークの高速化という観点でみると、享受できるサービスの質(この場合、速度)は、距離の差以上に拡大して、かえって格差が広がっているのではと思えてきた。10年以上前なら、日本全国、ほぼアナログ回線で、モデムの速度が通信の速度を決めていた。北海道から沖縄まで特に差は無かった。しかし、昨今では、100Mbpsのサービスを利用できる地域と依然64kbpsのサービスが上限の地域がある。この差は、1600倍の格差に相当する。通信インフラの急激な進展は、地域格差を拡大するのかもしれない。浦和からメールが届く。ソフトボールの朝練の連絡。久しぶりに汗でもかいてみるか・・。経緯は不明だが、どうも出身高校が甲子園に行くことになったらしい。長い歴史の中で悲願の初甲子園。早くも、友人から応援に行かないかと誘いのメールが届く。帰りは、最終。東京駅付近で、なんか、聞いたことがある看板に出くわす。”てもみん”。これって、新幹線内でやっている、マッサージサービスと同じ名称である。JR東日本が経営している店には見えないが・・・。ホームに最終の新幹線が入線してくる。通常2〜3人位で車内清掃の方が並んでいるのだが、7名も並んでいる箇所がある。よく見ると、ここは、グリーン車・個室の停車する位置。こういった所にも差をつけているんだね。

2001年2月14日(水)P503i

昨日の新聞で、P503iの不具合のニュースを見た。なんでも、特定サイトにアクセスし、ある条件(確か画像を縮小して閲覧することだったような?)下で携帯の電源が切れ各種設定情報の一部が消失するらしい。切れるまではまだしも、データが消えるのはマズイと思った。何の根拠も無い素人判断だが、ソフトウェアのバグで暴走でもしたのかなと思う。発売されて間もないが、出荷台数は24万台らしい。こんなに出荷されていたのかと2度ビックリした。販売店で対策品と交換してもらえるらしいから、ユーザーの方は、販売店に問い合わせてみたら良いかと思う。交換する前に、そのような現象が起きるのかどうか、確かめてみても良いかと思うが、どこのサイトなのかURLを知らない。午後、曙橋方面に用事があり、東西線・都営新宿線と乗り継ぐ。どっちの電車でだったか忘れたが、非常停止ボタンのことを放送で案内していた。先日、米沢に行った際にも、福島駅ホームで、ボタンの操作方法を写真入りで説明するポスターを目にした。非常停止ボタンを使うようなシーンが起きないことを祈るが、万が一の場合には押せるように日頃から場所や操作方法をチェックしておいた方が良いと思う。車以上に電車は急に止まれない。いかに早く、対応するかにかかっている。帰りは、Max車両に飛び乗る。久しぶりである。乾いた喉を潤す為に売店に向かったが、あいにく、財布には小銭が無い、千円札も無い。売店の娘は釣りが無いという。お金があるのに買えないなんて、とっても悲しい。百円、二百円の為にカードというのも大袈裟だが、クレジットカードで通話できる電話機が駅構内に設置されていることを考えれば、新幹線車内の売店でもカードが使えてもよさそうに思うが。結構、ハイテクと思われる端末を使っているし可能性はある。但し、カード処理を行う為のオンライン回線が確保できないような気がするので、無理なのかもしれない。そろそろ、宇都宮駅という頃、車内販売のワゴンが回って来た。こちらは、ちゃんとお釣があったようで、無事に買物をすることができた。今度は、バッテリー残量が心もとなくなるが、Max号なので、椅子下のコンセントを利用することができた。省電力モードに比べて、画面も明るく、動きもサクサクなので、とっても気分が良い。

2001年2月13日(火)三連休の後

連休前に風邪をひいてしまい体調はイマイチ。いつもなら5時にはピタッと目覚めるところだが、今朝は6時頃にやっと起きる。リビングに行き、テーブル上のノートPCの電源を入れ、キッチンに行き湯を沸かし、豆を挽く。湯が沸くまでに髭を剃り、体重計に乗り体脂肪率が表示される前に降りる。少し体がダルイせいか、もう少し動かずに済ませられるのかなと動線について考えてみることになる。まあ、あんまり無駄な動きはしていないが、工夫すれば、さらに効率的に動くこともできそうだ。だけど、ただでさえ運動不足なのだから、屋内での移動を減らすことより、滅多に行かない2階へでも何往復かした方が体の為には良さそうだ。サスガに三連休明けの新幹線は混む。ホームで待つ方も、研究されているようだ。空席にありつく可能性が高い(と私が思っている)先頭車両に、いつもより多くの先客が居た。僅かな空席は先客の数名で埋まり、結局、東京まで立つ。上野や大宮を利用していた頃なら携帯椅子を持参していたので、まだ良かったのだが、ほとんど必ず座れる東京駅を利用するようになってからは携帯椅子もお蔵入りだけど、連休明けなどには、持参した方が良いのかもしれない。東京駅のホームには、いつものように、清掃(整備)される方々が並んで待っていた。さらに、その後ろに怪しげな二人組。一人はビデオカメラで作業の一部始終を撮影、もう一人は、何かの計器のようなものを手にし肩からレコーダーのようなものを下げている。そして首から、ストップ・ウオッチをぶら下げている。こりゃ、たまらんなと思った。日頃から、テキパキと作業されている風景を見ているが、さらに、時間短縮をしようとデータ取りでもしているような感じであった。何の根拠も無い想像ではあるが。前にも書いたが、進行方向に会わせて回転された椅子の中には、時に、十分にロックされていないものがある。自分の経験でも、そんな座席に当たったケースが3回以上、前の座席がそのような状態だったことが数回ある。この状態だと椅子の背もたれをリクライニング状態で固定できない。気付かぬ方だと、たまたま壊れた椅子に座ったのかなと諦めてしまうところだ。この状態は経験してみないと判らないかもしれないが、実に、落ち着きが無い疲れる椅子となる。万が一、回転方向に大きな力でも加われば、ロックされていない椅子は回転してしまうわけで、思わぬ事態を引き起こさないとも限らない。作業時間の短縮は重要かもしれないが、作業の質の問題を追求した方が良いのではと思ってしまう。帰り、東京駅で少し待ち時間があったので、メールのチェックなどしていると、前方に居た二人組が自分と同型のレッツ・ノートを各々鞄から取り出した。おまけに、LANケーブル(クロス)orUSBケーブルを接続してデータの交換を始めた(写真)。長さが1mしか無いんでとか言いながら、互いに近づいて作業していた。こんな限られた空間に、3台の同型レッツ・ノートのユーザーが居合わせるとは(二人組みと自分)、考えてみれば不気味である。唯一の違いは、トラックボールの色。発車間際には、車掌さんのいつものアナンス。そして、携帯電話に関するお願いのところで笑ってしまう。「〜車内では呼び出し音が聞こえないように、モード設定に設定して下さい〜」。モード設定に設定では判らないだろう。サイレントモード設定に設定して下さいと言いたかったのかもしれない。ちなみに、今日の日記は、帰りの新幹線内で大幅に書き換えたので、朝から夕方までに読まれた内容とは、まるっきり違っているかもしれない。自分の通勤日記は、一日を振り返って書く日記ではなく、まさしく、通勤しながら書く日記なのである。そして字数を数えてビックリ。1500文字を越えている。一日、原稿用紙4枚近い日記を書いたのかと気付く。ゲゲゲ。

2001年2月12日(月)心霊印刷?

雪灯篭祭りで撮影した画像をプリンタで印刷していたら、とんでもないのが出てきた(左)。心霊写真か?と思ったぐらいである。理由は、簡単、フォト光沢紙の裏表を逆に通してしまったのだ。正しく入れれば、きちんと印刷される(右)。表面はインクをきっちり受容して乾燥させる加工がなされているのは判るが、裏面が、こんなに印刷適正が無いとは思わなかった。

2001年2月11日(日)だるま市

白河だるま市。もぐりで白河のことは良く知らないのだが、思うに、だるま市と提灯祭りが白河の1、2を争うイベントなのではないかと思う。違っていたらゴメンナサイ。白河市民の皆さん。例年、だるま市の時期が年間で最も寒い。だるま市が終わると、次第に、春の足音が聞こえてくるといったところか。家族中、風邪気味だったり、昨日の雪灯篭祭り(米沢)の疲れもあり今日はのんびりしようと思っている。そんな中、娘はかねてから、友人達と約束があるらしく、白河だるま市へ出かけていった。遊ぶことにかけてはタフな奴だ。真似できん。珍しく早起きしてチョコレートを作っていた。友人達と交換しあうらしいが、そんな年になったのかと思う。おこぼれに預かる。美味いやんか。チョコで元気が出たのか、息子と二人で、だるま市に行ってみる。そう言えば、去年も二人行ったのだ。昨日、米沢で雪灯篭祭りの合間に、10年振りぐらいに細道(若い頃に行きつけだった飲み屋さん。中華そばとヤキソバも美味しいのだ)に寄ることができた。懐かしいコップ酒。少し咳き込んだ子供達には甘酒をつくってくれた。幾つになっても訪れてみたいと思うのだが、次第にお年を召されていく姿を見るにつけ、元気でお店を続けてくれることを願いつつ、時間があくと少し心配になってしまう。昔ながら、おつまみのボリュームは爆発的。とっても良心的な家庭的なお店なのだ。花見の頃に、また来たいなと思いながら、コップ酒を飲み干した。

2001年2月10日(土)進路を北に

悶々とする夜があったとしても朝目覚めるとスッキリ元気になれる。もしも、この世の中が夜だけだったとしたら、生きていけないかもしれない。昨晩の予感は的中。すっかり風邪の兆候。鼻水が湯水のように(汚い・・)。そんな状況ながら、まもなく進路を北に・・雪国を目指すことになる。

2001年2月9日(金)冬の朝風呂

今朝は相当冷え込んだようだ。前夜の予報では氷点下9度だったが、それ位下がったかもしれない。空気が澄み雪山も綺麗。そんな雪山に白く大きな月がかぶっていたので撮影してみた。こういう景色はあまり見たことがない。慌しい日々で昨晩は風呂も入らず寝てしまったので、朝風呂に入る。目を閉じると雪中の露天風呂にいるような気分になれて、とってもリフレッシュできた。早起きならではの楽しみである。新幹線通勤を楽しむ為には早起き性というのが結構大きなポイントかもしれない。昨日は、午後から2箇所に出かける用事があり、書類も多かったので、珈琲ポットを会社に置いて来た。そんな訳で今日はコーヒーの持参は無し。4年目に入る新幹線通勤の中で珈琲ポットを持参しなかったのjは、2度目か3度目である。習慣化しているせいか、珈琲が飲みたくなり、車販ワゴンが来た際に珈琲を買う。販売員さんは福島さん。福島県人としては親しみを感じる等と書いていたら、別な車販の方も通る。ちなみに、福田さん。今日は、福福コンビである。明日からは3連休。初日は、以前から計画していた米沢雪灯篭祭りの予定。子供達は米沢牛ステーキを食べるとハリキッテいる。しかし、週頭から息子が風邪に倒れ、昨日は遂に娘が風邪でダウン。米沢行きは黄色信号から赤信号へと。東京電力の12の発電所の建設が3〜5年凍結と新聞記事に出ていた。福島第一原発の7・8号を含め、石炭、LNG、水力と区別なく。電力需要はここ4年間頭打ちらしい。しかし、その間に500万KWほど新たに設備が整備されたので余剰率が大きくなってしまったというわけだ。ところで、谷村・志村予想という数学の難問が半世紀ぶりに米仏共同チームによって全面証明されたという記事。内容は判らないが、数学のロマンなんだろうなと思う。長い期間に渡って真理を追究し解明できた時の喜びと興奮は、いかほどのものだろうか・・。ようやっと今週も終りを迎える。夜になって急に鼻水が出てくる。風邪をもらってしまったようだ。宇都宮まで先行する新幹線で・・本来の新幹線まで25分の乗換え時間がある。ふと、餃子でも食べて風邪をやっつけようかと衝動的な発想。西口を出てすぐのところに餃子館があるのは知っていたので入ってみることに。やたら餃子のメニューが多く面倒だったので一番端にある焼き餃子を注文。すると、焼き餃子の何にするかと聞かれる。要は、焼き、揚げ、スープの3つのジャンルに分かれており、各ジャンルに多くの種類があるのだ。だから、焼きを選択した後、何にするか選ばなくてはならないのだ。後から隣に座った御仁も、自分と同じ失敗を繰り返す。何故か宇都宮東口の住人らしいが西口に降りてこの店が初めてだと言いながら二皿の餃子を注文していた。この店のメニューは判りにくいという話から意気投合(かなり怪しい)。店員も仕方ないなあと思いながらも愛想が良い。餃子を食してスッカリ元気が出た頃には、ちょうど新幹線の時間。餃子を食した後の喉をスッキリさせようと、9号車の売店に並ぶ。買うものは決まっていたのだが、一応、何にしようかなとポーズを取ってみたところ、すかさず、「○○○ですか?」と言われてしまった。うーん、読まれている。息子と娘は気合(米沢に行きたい一心)で風邪が直ったと訴える。どうしても米沢牛が食いたいらしい。実は、今一番ヤバイのは父かもしれないのだが・・。風邪をひいたかもしれないとは言いにくい状況である。明日は、一体、どんなことになるのだろうか?

2001年2月8日(木)迷惑メール

少し前から怪しげなメールが時々届く。このメール、差出人、件名、本文が全て空である。そして、プログラム(*.EXE)が添付されている。当初、意図的に送信しているのかと思ったが、まあ、相手も特定できないので、そのままゴミ箱に捨てていた。最近、プロバイダに質問してみたところ、「W32/Hybris」というウィルスに感染したパソコンから送信されたウィルスメールの可能性があるというコメントをいただいた。感染者が気付かないうちに送信されてしまう為、送信者も自分から迷惑メールが送信されていると気付かないらしい。この件に関する詳細は、下記URLを参照していただきたい。また、そのようなメールを受信された場合は、即座に捨てるようにしていただきたい。間違っても実行しないように・・。IPA情報セキュリティセンター( http://www.ipa.go.jp/security/topics/hybris.html )。

2001年2月7日(水)感度の差

みぞれから雪に変わる宇都宮駅前鈍感〜繊細という尺度で見れば自分はかなり鈍感な部類に属する。鈍感な人間がどこまで自分の鈍感さを認識できているかは、かなり疑問なので、客観的に見られた場合、自分が思う以上に鈍感なのかもしれない。言い訳じみたことを言うようだが、いろいろなことを感じる部分(機械のセンサーのようなもの)の感度が人より鈍いから鈍感なのではないかと思っている。センサーの感度が悪いので気がつかないのだ。これは、生来の性質(性能)であり、後天的に改良される見こみは余り無いように思う。鈍感は根本的には直らないのだと言い訳じみたことを言ってみたくなる。感じなくても、こうじた状況にはこうするものだという常識的な知識を増やしていけばいいのだろうが。JR東日本がホーム転落事故に対する再発防止策を発表した。落下を検知し信号を赤にするマットの拡充、非常停止ボタンの増設と設置場所の周知、巡回の強化、退避場所の確保や無理な場合のステップ設置など。大久保駅でホーム転落者を救助しようとして亡くなられた2名の方には謹んで哀悼の意を表したい。転落した当事者の家族は、身内を亡くしたあげく、他人まで巻き添えにし、多くの方に迷惑をかけたことで、さぞや辛い思いをされていることだろう。間違っても、酔っ払って、当事者になるようなことが無いようにしたい。それにしても、大久保駅のように高架の駅には退避スペースが無いのが一般的というのも今回初めて知った。いずれにしても、設備面での対応だけで済む話では無いので、乗客自らが自分の命を自分で守っていくよう注意しなくてはならないと思う。自分は、ホームから線路までの高低差にビビッテいる方なので、元々ホームの端には近づかないようにしている。入線間際にぎりぎりのところを歩く人やホームを駆けまわる幼子を放置する親などを見かけると他人事ながらドキドキしてしまう。ホームの端が、いかに危険性のある場所かということを、今一度認識すべきだと思う。米MSから開発中のOSとOFFICEアプリの正式名称が発表された。「experience」の略のXPが最後に付くらしい。OSは98SEどまりの自分には、余り関係無い話である。さぞかし、新しいテクノロジーが投入されているのだとうが、自分にとって必要なのは、メモリを食わず&虫くいにせず、落ちず、数秒で立ちあがり、省電力を支援するような軽快なOSなのだが・・。航空会社の広告が目に付いた。一定利用期間に限り2ヶ月前の購入で国内全便1万円というもの。じっくり見れなかったので詳細は不明だが、きっと、座席数は限定だと思う。地元福島空港にも札幌便が乗り入れている。直近では4月中旬頃の設定。中途半端な時期ではあるが(だから安くできるのだろうが)少し心が動く。夕方は、サンシャイン60の59階に用事がある。本来ならば夜景が綺麗なのだろうが、本日は、ガスっていて視界が悪い。池袋駅に向かう頃には、雨からみぞれに変わっていた。帰りは、宇都宮まで先行して後続に乗りかえる。窓の外は、みぞれから雪に変わっており、次第に風景が白く変化していく。写真は宇都宮駅ホームから撮影したもの。白河は、間違いなく、雪だろう。

2001年2月6日(火)間違い電話

今朝はどんよりとした朝。7:06発のやまびこが入線してきたところを撮影したのだがかなり暗い。写真の場合はガンマ補正などで明るくできるからよい。沈んだ心にもガンマ補正が効けば良いのだが。電話がかかってきたので受けてみると相手がFAXということが稀にある。相手側はFAX送信しているつもりだろうが、電話で受けた方は鬱陶しいことこの上ない。だいたい5回位はリトライするので、その間は受けざるおえない。黙って切ろうとすると、それは、たまたま通常の電話だったりする訳で、とっても迷惑な話なのである。今朝の新聞に、間違い電話をかける可能性のあるモデムを内蔵したパソコンが600万台出荷されているというニュース。特定条件下でしか発生せず、事例報告も数件というが、はたして、いかがなものだろうか?人間のミスや勘違いをハードやソフトのせいではと疑う人もいるが、ハードやソフトのミスを自分の勘違いや操作ミスと思ってしまう人も多数いるはずだ。報告は数件だが、氷山の一角かもしれない。パソコンをお持ちでモデムに電話線を接続されている方は、一度、そのあたりの情報を見てみたほうが良いのではないだろうか?(該当モデムを内臓した機種でも、パルス回線で接続する際にCPUに高負荷がかかっている場合に起きる可能性があるとのこと。だから、トーン回線やISDN回線などで接続している場合は対象外であるらしい)宇都宮から隣人二人。最初のうち、自分のパソコンを覗きこむ。通常なら嫌になるところだが、パソコン操作やインターネットには縁がなさそうに見える方々で通勤客でも無さそうなので、覗かれるままにしていたら、関心が無くなったらしく、覗きタイムは終了。しばらくして、珈琲ポットを鞄から取り出したら、またじっと一部始終を眺めている。こんなことも物珍しいらしい。かくいう自分も物珍しい人に出会うと気にしてしまう方である。今日も駅まで走る。気温が高いのか汗ばむ。最終の新幹線内、何故か、通路をはさんで、VAIOユーザ。携帯をケーブル接続して日暮里あたりから大宮にかけてメールの送受信を行っている。左手に携帯を持ちながら右手でパソコン操作をしており、とっても使いにくそうだった。手で持っていないと電波が不安定なのかもしれない。いつもは、窓側の席をキープするので問題ないのだが、今日のようにギリギリに飛び乗ると、通路側や3人がけの真中の席に座ることもある。飲料缶がある場合は、トレイを倒さないと置く場所が無い。しかし、このトレイを倒すと、東北新幹線(自由席)は、実に窮屈である。そして、時 に、立ちあがろうとして、このトレイに触れ飲み物をこぼした方を何人見たことか。トレイを倒さずに、支柱の部分にでも簡単にセットできるドリンクホルダーがあれば解決するのになと思った。携帯椅子に続いて、簡易ドリンクホルダーでも試作しようか・・。

2001年2月5日(月)陽射し

節分だ立春だという今頃が最も寒い。ここ数年の印象では、白河だるま市が開催される、2月11日頃が最も寒いのではないだろうか?最近では、だいぶ日が延びてきて、5pmを過ぎてもまだほのかに明るい。今朝も7:06発で座ることができた。この時間帯の新幹線利用者が、一時的なのか恒常的なのか不明だが、減っているのではないだろうか?以前だったら、座れなかったはずなのに。座ったのは、1D席。進行方向右側の2人がけ座席の通路側である。左方向からの陽射しがまぶしい。寒い今の時期、お日様はありがたい存在なのだが、いかんせん眩しい。大概の方は、カーテンを閉めて遮ってくれるのだが、本日の3人がけの窓側の乗客は、カーテンを開けたまま眠りこけている。おまけに、私の隣人は、頭がツルツルの坊さんらしき方。左からきた陽射しが右側で反射して、実に眩しい。両側からの攻撃である。ノートのバッテリーが相当へたってきた。片道の車内も持たない状況である。使いはじめは良いものの、数十%の残量から極めて短時間のうちに数%の残量まで減って警告LEDが点灯してしまうのだ。車内で満足に使えないのではモバイルPCとしては失格。真剣に修理スケジュールをたてなくてはならない。昨日、観戦したVリーグの選手の名前を確認するためネット検索をしてみた。江藤(日立、186cm)、満永(久光、180cm)、島崎(日立)など、のきなみ、180cmを越える。コートのネットがとっても低くく見えたのも無理はない。帰りは、最終の新幹線に駆け込む。1時間ほど前から、招興酒をいただいていたせいか、駅まで走るのも結構キツイ。

2001年2月4日(日)オイル効果

昨年、ペンギンのドミノ倒し現象のことを書いたが、調査の結果、そういった現象は確認できなかったらしい。少し残念な気がするが、飛行機が通過するたびに転倒して後頭部を打つのではペンギンに気の毒なので確認されなくて良かった。航空機のニアミス事故の件が連日報じられている。以前から指摘されているが、事故やトラブルでは人為的ミスが第一位の要因であることが多い。ミスが連鎖的に重なって大きな事故につながることが多い。ミスを犯した人間をせめるのは簡単だが、そうしたミスが二重三重に重ならないようなシステム(コンピュータや機械だけでは実現しえない、人間や手順、チェック体制まで含めた)に改善していくしかないのだろう。ミスを起こすのも人間なら、ミラクルを起こすのも人間。バドミントンの試合時に携帯電話の呼び出し音で一時試合を中断させた選手に初のイエローカードが出されたらしい。最近、とみにいろんなところでいろんな着メロで鳴り出す携帯。鳴った瞬間、思わず胸やバッグに手をやる人の多いこと。着メロを自分なりに設定していたとしても、鳴った瞬間に自分ではないかと反応してしまうようだ。本来、鳴らしてはいけない場所でも、オフっていない方が多いということでもある。今日は、これから、Vリーグ観戦だ。実は、生でバレーボールの試合を見るのは初めてのこと。楽しみでもあり、寒々とした体育館が予想されるので足元が震えてきた。冬のスポーツ観戦は、防寒対策をお忘れなくである。サイクルロードレースに出なくなって3年目になるが、冬のレースでも、レッグウォーマー無しの短パンで走ることもあり、その時は、ウォーミングアップオイル(名称は正確ではないが)を十分に足に擦り込んでレースに臨んだものだ。血行が良くなり、まもなく始まる過酷な運動に筋肉が対応可能となるとともに、独特の匂いを嗅ぐことで精神的に昂揚し気合が入る。また使ってみたくなった。そしたら、ワンコロのように雪の原っぱを走りまわれるかもしれない。会場に着いてみると、しっかり空調が入っており快適な中で観戦することができた。写真は、姪っ子のメグちゃん。

2001年2月3日(土)また雪?

娘達を学校のそばまで送る。学校に乗りつけてはいけないらしい。前回、ニヤケテいたという指摘もあったので、今日は、すまして車を運転する。さて、なんかどんよりした天気だと思っていたら、またまた雪が降り出す。次第に粒も大きくなり、またかよ・・と思ったが、長くは続かない気配にホッとする。今日は、午後から結婚式があり郡山ま出かける予定。お祝い事だし、代理出席なんで、なんとなくお気楽モードなのだが。この日記の読みにくさについては、先月末にも書いたが、確信犯的なところがある。判っていてやっている面がある。通勤日記は、文字通り、新幹線車内で書いている(お休みの日は別だが)。ほとんどのケース隣席には乗客がいる。なんか見られると恥ずかしいので、フォントを小さくしベタ打ちすることで、パッと見ただけでは内容が判らないようにしているのだ。いろんなご意見もいただき、ありがたく感じてはいるものの、しばらく、このままで行きますので見逃しください(笑)。市議会だより(第4号)がポストに入っていた。12月定例会のレポートである。ホームページとメールアドレスが表紙に書いてある。オープンしたてなのか、まだアクセス数は少ないようだ。たまには、議会でどんな質疑がなされているのか眺めてみるのも面白い、内容はともかく。ITという言葉を安易に使うのは好きではないが、IT関連の質疑は、皆無に近い。情報センターの運営に関するものが1件のみ。昨年秋に亡くなった高木仁三郎さんの本、『証言』を読んで見ようかと思う。披露宴が終わって6pmぐらい。帰りの道では、道路には雪が無いものの、田んぼがある地帯では強風で雪が飛ばされ地吹雪のように一瞬視界不良となる箇所がおり恐かった。

2001年2月2日(金)UNOカード

昨晩は、11pm頃からUNOで遊ぶ。家内の誕生日という理由で子供達も特別夜更かしOKということだ。自分は、UNOで遊ぶのは初めて。出せないカードを捨てては注意されながら、ようやくルールを覚えた。娘が連勝、息子と家内がそれに続くといった感じで、まだ勝ちが無い自分。配られたカードを見ると、UNOというカードがある。Wild、Skip、Draw twoなどは見たけど、UNOというカードは見たことが無い。これは、とってもスペシャルなカードかもしれないと思い、喜びいさんで、「UNOっていうカードはどんなシーンで使えるの?」。数秒間の沈黙のあと、大爆笑。しばらく笑いがとまらず、お腹の皮は痛くなるわ、呼吸困難になるわ、涙まで出てきた。UNOをご存知の方は、もう判ったと思うが、UNOというカードは無い。配られたカードの1枚が裏返しになっていたのだ。私がUNOカードだと思ったのは、全てのカードの裏に印刷されている模様だったのだ。その後、しばし、からかわれる。「『UNOって・・・』と言い出した時の、お父さんの顔、目が輝いていて、とってもかわいかったよ・・」。マイッタ。「UNOカードを切り札に持つ男」という名誉ある称号をいただくことになった。今後、しばらく、UNOが話題に上るとき、家族の中で笑い者になるのは避けられない。なんとなれば、当事者の自分ですら、笑ってしまうぐらいだから。今日は、最終。ややギリギリで走ったのだが、今日は、気温が高めだったため、やや汗ばむ。金曜日の最終とあって、混雑気味である。前にも書いたが、i-modeで楽しむ方を多く見かける。こんな狭い車両の中に、これだけの、i-mode利用者がいるのだから、日本全国で見たら2,000万人超という利用者にも納得できる。特に目につくのは、利用者の年齢層の広がりである。最初は若者のものという感じが強かったけど、年齢層が上の方でも使いこなしているようだ。しばし、i-modeは安泰だと思えたし、ここにはいろんな可能性があると感じた。プログラムを組んだことがある方なら、きっと、iアプリなるものを作ってみたいと思ったはず。だけど、この世界、プログラミング能力よりは、どんな仕組みをこの上で実現するかといったことの方が大事なのだ。ようは、アイデア。アイデアさえあれば、具体的に形にするのは、何とでもなる。皆で、頭をひねってみる良い時期だと思った次第。混雑していた新幹線も、宇都宮で多くの乗客を降ろすと、だいぶゆったりする。このあたりになると、3人がけの席の肘掛を跳ね上げて寝てしまう方、2人がけの席を対座にして足を伸ばしてゆっくりされる方も出現。そんな顔には、一週間の疲れの表情と週末を迎える心地良さが混じった表情が現われているように思う。我が家まで、あと少し、皆、寝過ごすことなく、無事、帰り付いて欲しいものである。

2001年2月1日(木)神田うの

地元に大きなショッピングモールがオープンしたようだ。道路はさんで斜め対面の位置には既設のショッピングモールがある。街の規模からすると、こんなに多くの店が必要なのかという気がしないでもない。選択肢が増えるのは歓迎だけど、途中で息切れしないで欲しいと思ってしまう今日この頃。家内&子供達から、「UNOって知ってる?」、「神田うのか・・」と言ってみたかったが、こんな寒い時期にさらに寒くなるような発言をしてもいけないと思い、「知ってるよ」と返事するにとどめた。白河では売ってないので東京で買って来てくれという。白河の名誉のために断っておくが、勿論、白河にも売っている(はずだ)。たまたま、彼らの知っている店に(在庫が)無いだけなのだ。とはいえ、こんな買物ならお安い御用。買っていってやろうじゃないか。お安い御用とは言いつつ、最近、気がつくと帰らねばならない時間帯になっていることが多く、ほとんど買物もしていない。しかし、今日は、UNOを買った。今日は愛妻の誕生日でもある。まさか、UNOで茶を濁すわけには、いかないだろうな。早く帰ろうかとも思ったが、気がつけば、最終の一本前。車内では、出張帰りのサラリーマンとおぼしき方々が、酔っ払って大声で話している。酔っ払いは、耳が聞こえにくくなるので、声が大きくなるという話を聞いたことがある。自分も、酔っ払うと大声になっているに違いない。自分で気がつかないから、酔っ払いなのだ。大声の主達は、仕事の話(組織の話)を延々と繰り返していた。上司が格好いいことを語り、部下が、問題を指摘し、上司がなだめるといった具合。酔っ払いだから、議論しているようで、噛み合っていないようにも聞こえる。聞きたくはないのだが、いかんせん、大声なので聞こえてきてしまう。ここで延々議論した結果も、明日からの職場でjは、ほとんど生かされないように思えてならないが、お互いに、言いたいことを言い合ったという気持ちになれるだけでも潤滑油としての効果はあるのだろうと思った。車販のワゴンが通ったので、買物をする。結構、利用しているせいか、今日は声をかけられた。「大体、ここに乗られてますか?」と・・。こっち側でも、大体、この時間帯には、この人がいるなって思っていたけど、相手側も、それなりに認識しているんだね。


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