82’四国・九州・山陽ツーリング

東北一周から2年目の春休み,今度は南の地方を回る計画をたてた。東北では,雪にも降られたが,九州なら大丈夫だろうと甘く考え,野宿を決行した。走りに走った,2000km。それは,寒さと峠と時間との闘いだった(少しオーバーだが・・)が,暖かな人達に支えられ完走することができた。


No. 月日 走行距離 積算距離 スタート ゴール 峠・山など 備考
  3月22日(月)     須賀川     輪行(須賀川12:17発〜
    明石9:38着)
1 3月23日(火) 132.6km 132.6km 明石 高松  
2 3月24日(水) 171.0km 303.6km 高松 高知    
3 3月25日(木) 187.8km 491.4km 高知 宇和島   フェリー(宇和島〜
      別府4:30着)
4 3月26日(金) 187.8km 678.2km 別府 高千穂 阿蘇山
5 3月27日(土) 164.5km 843.7km 高千穂 宮崎    
6 3月28日(日) 184.8km 1028.5km 宮崎 鹿児島    
7 3月29日(月) 186.1km 1214.6km 鹿児島 八代 えびの高原  
8 3月30日(火) 121.0km 1335.6km 八代 長崎 雲仙岳終日雨
9 3月31日(水) 182.7km 1518.3km 長崎 大宰府    
10 4月01日(木) 182.9km 1701.2km 大宰府 防府    
11 4月02日(金) 206.1km 1907.3km 防府 三原    
12 4月03日(土) 100.0km 2007.3km 三原 岡山 雨&パンク2回 輪行(岡山19:59発〜
               米沢20:47着)
  4月04日(日)       米沢  

3月22日(月):

実家から,須賀川(12:17)→郡山→新潟(16:24)。郡山より同席した感じの良い女性は,2週間前に会津に嫁いだとのこと。ハワイへの新婚旅行が,突然の熱と腰痛で当日キャンセルするはめになり,後日,やっと行けたのは紀伊・白浜。YS11がたよりないとか,話してくれた。自分のコースプラン地図について関心を持ち,激励してくれた。秋芳洞はとてもお薦めだと言われたが,既に予定から外していた。会津で,その女性は「頑張ってね」と降りた。野沢(14:53)あたりから,どんよりとした曇り空。ちらちら雨,雪もところどころ残っており暗い雰囲気になる。そして,激しい雨となる。そんな時,子連れのお母さんが乗りこんできた。風船を持った子は母に「どうして風船は浮くの?」母「水素が入っているから浮くんだよ。水素は空気より軽いんだよ。空気は水素と酸素からできているの。酸素はお口から吸うでしょ。水素は軽いの。」と説明していた。窒素はどこにいってしまったのかなとは思ったが,とても微笑ましいやり取りであった。気分が和らぐ。新潟には,学生時代の友人荒生君が迎えに出てくれていた。Coffeeで一息入れたあと,居酒屋へ。4合以上は飲んだ。荒生君は餞別がわりだとおごってくれた。GWには,新調したロードの長距離試走を兼ねて米沢に土産話しを聞きに来るという約束を取り付け,21:23発の「きたぐに」に乗る。

3月23日(火):

米原に6:23。日の出。天気は上々のようだ。大阪(8:27/8:51)→明石(9:38)着。駅前にて自転車を組みたてる。淡路連絡汽船にて,10:30明石(駅より2〜300mだった。これなら,組みたてないで担いで歩いてもよかった)。10:53岩屋着。所要時間20分余り(目と鼻の先なんだからこんなものか)。自転車持込\150,料金\200。11:10:岩屋より出発。

淡路島は初夏の陽気淡路島は既に初夏のごとく暖かい。Tシャツ1枚になるが,ペダルを踏めば汗がにじむ。シュラフ込みで背負ったリュックが結構きつい。海はあくまでも透明で青い。時折,熱帯植物?やお花畑が出現したり,南国そのものといったところ。しかし,特に見どころはなかった。アップ・ダウンが続き,とっても疲れた。洲本経由,福良港着13:45。阿那賀着14:30。ここまでの走行距離62.34km。ここからフェリーで四国へ。有名な渦潮も時間帯が異なり見ることはできなかった。有料道路(自転車\50)通り ,国道11号線に入ってからは快走。高松まで,あと8kmまで来たところで栄養補給。冷たい牛乳(500cc)とりんごの丸かじりで生き返る。18:50,高松駅着。本日の走行距離,132.6km。どこからか,おっちゃんが話しかけてきた。香川では,栗林公園と屋島を見たらいいと推薦してくれた。野宿すると言ったら,俺のところに泊まりに来いと言う。電車で1時間位という。ありがたい話しだが,動くのが億劫なのと,少し不安もあり,丁重にお断りした。ラーメンとビールで夕食。
最初の野宿予定地からは締め出される(高松駅)高松駅前の花時計前のベンチで寝袋に寝る。・・。と,こづく人がいるので,起きると,駅員さんで,自転車の持込は禁止になっているからと無造作に言いよった。仕方なく,高松港の桟橋近くの公園に移動(11:20pm)。やっと寝れるかと思ったら,近くのベンチにアベックが来ていちゃつく。彼らがさって,今度こそと思うと,雨がちらちら。12:10am。初日から,困ったことになったと思いながら,歩いていて,見つけたのが,高松琴平電気鉄道株式会社,高松築港駅の待合室である。屋根はあるし,座面がわりと柔らかい長椅子,自販機も目の前にある。救われた。

3月24日(水):

屋島・談古嶺より(左上の外れに小豆島が見える)屋島で逆立ち(中国地方を望む)讃岐うどんは美味しかった5:20am目覚める。電鉄職員の方がそばに居る。起きる前から見ていたらしい。高松に着いてから,おっちゃん,アベック,その他・・「何処から来た?」からはじまる,一様の会話が繰り返される。路面は濡れているが,雨は止んだような気配もある。どうなるものやら。職員さんは,「客も居ないよってに,もう少し寝てたらよろし」と言ってくれた。感謝,感謝。6:25am,屋島に向けてスタート。途中,おばさんから,自転車で上れる道があるよと教えてもらったが,結局,迷い行き止まり。もとはといえば,屋島ドライブウェイを自転車が通れないというのがイカン。自転車を下に置いて,7:30発のケーブルカーで上る。瀬戸内海をのぞむ。義経の弓流し,那須与一,扇のまとは,ここが舞台らしい。小豆島も見える。逆立ちしてみる(セルフタイマーで撮る)。新聞屋の親父が,「浩宮様が,今日は金比羅さんで,明日はここに来る」と言って,「一部持ってけ」と新聞をくれた。さきほどの親切なおばさんと再会。おばさんは,道を教えたあと,気にかけてたらしく,お寺さんで「リュック背負った男が上ってきたか?」と聞いたとのこと。道の迷い,ケーブルで上ったことを話す。山上駅までの道を,話しながら歩く。おばさんは,薬物誤投与,交通事故,離婚と苦労していて,歩くことが一番と毎日,ここまでお参りしているそうだ。あらかじめわかっていたら,宿をとらせてあげたのにと言い,別れ際に「失礼かもしれんけど,受け取ってください」と千円をくれた。断りかけたが,結局ありがたくいただいた。これからの,道のりのお守りだ。屋島神社の入り口に大わらじあり。また本殿の右隣に葉山大明神,狸の夫婦。「狸は一夫一婦やさかい浮気せんようにとのことから・・・」とおばさんが教えてくれた。9:00am発のケーブルカーで下る。860mを6分。下には讃岐日光東照宮(左甚五郎の4代目だとか?)。
栗林公園栗林公園に寄り,11:00に金比羅宮入口着。数段飛びこししながら500段ほど上るが(365段あたりから上りやすくなる),時間の関係で引き返す。1365段あるので,とても最後までは上られん。ここで昼食を取り,12:00pm出発。
四国の峠にて四国の吊り橋(大歩危小歩危あたりかな?)猪ノ鼻峠,財田第1,2,3,4トンネルを越えて,13:25に池田ダム着。20分ほど休憩。15:28に大豊町付近。16:10頃,大豊トンネル(1605m),一ノ瀬トンネル(492m)を通過。トンネル内の煤煙と水泥にうんざり,尻も痛くなる。17:00に南国市。ここでたこ焼きを食べる。たこがぎょうさん入っとってうまい。おばちゃんが茶をいれてくれた。琴平の出身だそうだ。高知の言葉は全く異なりわからんといっとった。例として,「かわはり」という魚を高知では「はげ」という。野菜も然り。名前をいちいち口にしなくても良いスーパーにしか行けなかったそうだ。また,1万を両替しようと,琴平の女は「1万円くだける?」というと,高知の女は「かわるにかわらん」。両替できないのかと思うと,これはできるという意味で面食らったとのこと。また,近くのじいさんが来て,話すことが判らんから適当に頷いていたら,後に,「あそこの嫁はまっことけしからん。人がものきいちょるのに,人を小ばかにしてうなずいてばかりいよる」となったそうな。高知の言葉は,人を押さえ付けるようなキツイ感じがするとおばさんは言っとった。確かに,「〜よ」「〜の」という高松,徳島の言葉は柔らかい印象がある。17:55高知駅前着。本日の走行距離,162.5km。銭湯(\220),コインランドリーで洗濯。市電が走り,蘇鉄並木が並び,夜にはあちこちに屋台が出る。

3月25日(木):

板垣退助像の前で酔っ払いにサウナに誘われた6:30起床。2:00頃に椅子から転げ落ちてびっくりした。3:00頃には,酔ったおじさんに飲みに行こう,泊まりに行こうと誘われる。放送局の人間だという。身なりはしっかりした人だけど,適当に話しをして,さよならする。自転車に注油し空気圧を直す。朝食は,カップ麺。高知城に立ち寄る。山内一豊の妻の像,板垣退助の像がある。8:30にここを出発。10:00には須崎駅着。途中の道路脇には,名産「ぶんたん」が袋詰めで並んでいる。駅前の茶店でモーニングを食べ,10:35発。11:30〜11:40:久礼坂大橋で休憩。ここまでは,しんどか上り。ばってん,ここまで休まんとこれたんよ。ここから間もなく七子峠にいたる。そして下り。照明の無い1kmほどのトンネルがあり,ここを走るときは恐かった。12:05に窪川町仁井田着。昼食にする。AMERICA BEEFという店の「あめりかんらんち?」(\550)。100gのビーフを自分で焼いて食べ,セルフサービスでスープ,サラダ,ライスが食べ放題。食べ過ぎてもいけないが,ライス2枚,サラダ3枚,デザートと,本当に金の無い学生には最高であった。12:50発。13:55に,土佐大正駅着。道幅が大分狭くなる。トラックとバイクがすれちがうと道一杯のような箇所が多々ある。17:57に,宇和島市の和霊神社に着く。境内より市内,城が見える。本日の走行距離,187.8km。フェリーにて,別府に向う。フェリー内は,思ったほど揺れず,2等船室は混んではいたが何とか手足を伸ばして寝ることができ。ビール。

3月26日(金):

別府付近の海早朝の大分駅前で4:30に別府に着く。九州上陸だ。乗場待合室で5:00頃までだらだらする。外は暗く寒いのだ。明けの明星が輝いている。別府交通センターまで歩いていく。ラッキーなことに3Fで5:30〜7:30まで無料で温泉に入れる。洗髪もすませ,くつろいだ。朝食。7:00に出発。湯冷めしそうな感じなので気合を入れる。7:33に大分駅着。
久住山方面をバックに阿蘇駅にて犬飼町,大野町経由して,荒城の月で知られている(と看板に書いてある)竹田市に10:45着。11:35に七ツ森古墳群着。寄ってみたが,ただ土の小さな山があるだけで,特段どうのというものではない。それよりも,ここからの周囲の山並はよかものたい。足が疲れて棒のようだ。竹田ドライブインで昼食。チャンポンを初めて食べる。具が多くスープは美味しかったが,麺はのびたような,生ゆでのようなかんじでマズイ。12:30発。宮崎県から熊本県に入り,5kmほど8%勾配の下り坂を下って宮地駅を経由,阿蘇駅着。
牛馬優先の阿蘇の道米塚(これって何だったんだろう)有料道路(\80)を15kmほど上り,15:40に阿蘇山上に到着。この道は牛馬優先という看板がありうける。思ったより勾配は緩やかで,すんなり上れた。
阿蘇中岳,最後の上りは10%を越える勾配阿蘇(中岳)の火口をバックに草千里天気良く素晴らしい眺め。米塚,草千里浜,山上(中岳)への最後の上りは,もの凄い急坂。最後の最後で,遂に自転車を降りて引く。世界最大のカルデラを持つ,阿蘇山はやはり雄大。外輪山,内輪山,外輪山と自分の足で越えて理解できた。しかし,後半は最高にしんどかった。17:00に高森町。
国道なのに県境は未舗装 18:15に,熊本県と宮崎県(高千穂町)の県境を通過。高森を出てすぐ上り,高森峠7合目(標高790m)からトンネル抜けて,ヘアピンのすごい下り,またまたしんどい上り,あとは平坦からすごい下りになってここまで。その後,暗くなり,人家も灯りもなく,ものすごく心細い思いをしたが,19:05に,ようやっと高千穂駅に到着。ライトが切れたら,パンクしたら,道に迷ったらとあれこれ考えたが,街の灯を見たときの安堵感といったら・・。本日の走行距離,187.8km。リュックの重みに負けそうになった。肩,腰も痛くなるし,空気抵抗は大きいし。宿は,昔の民家のモデルハウスのようなところ。萱葺き屋根で風情がある。軒下の縁側のようなところに寝袋をひろげる。この家は,一回り小さなサイズの為,肩幅より狭い。寝相がいいので大丈夫とここに寝る。夜空の星が,ものすごく近くに見えた。最高の星空だ

3月27日(土):

高千穂の旧民家モデル(軒下で野宿しました)高千穂高千穂の神秘的な景観高千穂峡5:40頃目覚める。物凄く冷え込んでいる。良く,転げ落ちなかったものだろ自分に感心する。まだ時間が早いので寝袋でちぢこまっているうち,うとうとする。そこで夢を見,夢の中で力を入れたら,落ちた。6:30起床。高千穂峡を見学に行く。筆舌に尽くしがたい景観。よくこんな地形が造れたものだ,やはり自然の力は偉大だ。途中,立ち寄ったタカチホカメラさんにカメラを忘れて,取りに戻るハプニングもあった。10:27,北方町八峡着。雲海橋を渡ると,高千穂町ともお別れ,7%の勾配の下りが2.5km続くところがあり,気持ちよかった。道路は川に沿って下る。桜も満開でのどかな気分。延岡市,日向市を経由して宮崎に向けて快調なペースで走る。アップダウンが一段落したせいか楽になった。昨日の阿蘇もそうだが,本日も行き交う車の人が,励ましの声をかけてくれる。疲れて入るときに,応援されると力が出てくるから不思議だ。
場所不明14:20に東都農駅着。国鉄のリニアモーターカー実験車が展示されていた。中に乗りこんでみた。517km/hを達成したそうである。この地で初めて,女性サイクリスト2名と出会う。「こんにちは・・」と元気の良い彼女達。宮崎に向けて,先を急ぐ。15:00近くに,雨がぱらぱらしたため,ポンチョを着こむ。15:57,新富着。ポンチョを着ての走行で蒸れて暑い。16:45,宮崎神宮前着。目的地に着いたせいか,力が出てきた。ちらちら雨が降るものの,ポンチョを脱いで,市内を力走する。本日の走行距離,164.5km。コインランドリーで洗濯を済ませ,銭湯でさっぱりする。

3月28日(日):

5:40起床。雨が降っている。ここまで購入した土産の小物や,自転車備品,セーター,ジーンズなどを下宿先に送り,軽量化を図る。ここまで,出費がオーバー気味なので,1日\3,000以内に抑えることにする。8:25に宮崎駅前から出発。8:55に運動公園,フラワーショーというイベントが催されており,柄にも無く寄るが,雨強くなり,それどころではなくなる。10:40に,サボテン園着。サイクリングコース経て青島へ。青島神社まで自転車で行くことができる。堀切峠で,鬼の洗濯岩とか申す(意味不明)。12:03に,日南市大堂津(?)着。軽く昼食。藤井商店さんに,フライをご馳走になる。13:30,串間駅着。この頃より,雨もあがる。14:15,志布志駅着。
15:30,鹿角市着。しんどい,我ながら良く頑張る。雨が完全にあがる.。
16:50,垂水市内着。桜島が,ドカーンと目の前に。煙がもくもく。桜島を走る。17:40,桜島・古里着。降灰注意の看板がいたるとこにある。火山岩が道路脇からまもないところに,ごろごろしている。退避舎があちこちに見られる。目を凝らすと,灰の降るさまが見える。顔にもあたる。18:15,フェリー乗船(\180)。船内で食べた\300のそばがいつになく美味しく感じられた。甲板上で,男の子が,お札を海に飛ばしてしまい,がっかりしていた。18:30頃,鹿児島港?に入る。本日の走行距離,184.8km。鹿児島駅前のベンチで寝る。

3月29日(月):

急勾配の坂雨に濡れた自転車に注油する。生き返る。昨日洗った靴は乾いていないが,はいて乾かす。野宿した鹿児島駅前は閑散としている。朝,寒くて目がさめた。西駅の方が大きく,構内で眠れたらしい。8:15,鹿児島駅発。火山灰が顔に当たる。9:40,223号線に入る。だらだら峠越えて,10:40,霧島神宮駅,11:15に霧島神宮着。8〜10%勾配を上って,12:20,高千穂河原着(標高970m)。しんどい。反対側から来た,4人組みのツーリングの人達と出会う。

えびの高原13:40,\30の有料道路を経て,えびの高原着。14:15,えびの市白鳥着。猛烈なヘアピンの下りを一気に降りてきた。危うく,猫をはねそうになる。15:10頃,峠,ループ橋。上りも凄かったが,加久藤トンネル(1.6km)を抜けてからの,下りがまた凄い。えんえんと。16:03,球磨村入口。17:20,瀬戸石ダム。途中,休憩がてら横になり,空を見ていたら,気持ち良くなり寝入ってしまうところだった。「球磨川下り」ができるそうだが,四国で延々と川沿いに走ったので,特に興味を覚えない。18:13,今泉公民館前。18:33,八代駅着。本日の走行距離,186.1km。

3月30日(火):

島原城と桜雲仙で温泉玉子を手に5:30起床。八代駅内の,一人掛けの椅子が4個連続している箇所で寝た。宮崎駅と同じ型の椅子。良く眠れるものだ。構内なので,寒くてということもなく,まずまずであった。構内をツバメが飛びまわっていた。まだ外は暗い。5kmほど先の八代港まで行く。ここで,装備品のことを考える。あれば良いなと思った物は,1)エアーマット(地面の上でも寝れる),2)簡易テント(任意の場所で,雨でもOK,自転車も入る)。サドルに取りつけていた工具入れケースが壊れる。これまでの行程を考えれば無理もない。ここまで,自転車が無傷であってくれたことがうれしい。7:30,八代港よりフェリーで,8:40,松島着。自転車で,9:35,三角港着。ここから再びフェリーで,10:50,島原港着。フェリー内で,高倉健に似たじいさんに会う。60は越えているようだ。ぼろぼろに錆びた自転車を持っていた。熊本商大を出たらしい。東北の人間と九州の人間を比較してどうのこうの言っておった(何と言っていたのだろうか?)。島原城を見学し,11:14,再び外港前経て,57号線に入る。雲仙まで20kmとある。11:43,左膝の痛みがひどく,向かい風に悩まされる。だらだら上りに疲労感。軽トラックのおじさんが,「乗ってかんか?」と声をかけてくれる。雨も降りそうだ。心が揺れたが,頑張ってみますと,お礼を言って断る。少し休憩後,また上りはじめる。次第に,上り(辛さ)に慣れてくる。痛みもおさまり,休まず上り切る。上りがあれば,いつか,下りがあるさ。雲仙温泉,雲仙地獄見物。標高700mを越えている。ここで,温泉玉子とコーヒー牛乳を。いたるところから蒸気が出て,硫黄の臭い。雨が降りだし,下りだがスピード出せず。14:55,愛野展望台着。15:57,本諫早駅着。愛野峠を越えてから,雨は本降りに。びしょ濡れ。上半身は,丸ごと着替える。長崎まで,あと26km。16:27出発,17:23,長崎市街入り口。雨はすごいは,向かい風。快走ならぬ重走。

長崎駅で野宿18:10,長崎駅着。東長崎より長崎までは,平地だろうと思いきや,上る上る,ずっと上ってトンネル抜けて,下って下って長崎駅だ。本日の走行距離,121km。銭湯で,入浴と洗濯。冷えた体を温める。しかし,外は寒い。湯冷めしそうである。長崎まで来て,気持ちが抜け始めているような気がする。今日まで8日間走ったわけだが,一日平均167km走っている。メーターの数値を気にしながら。メーターを持ってきたことがいけなかったのかなと思う。しかし,メーターがなかったら,ここまで頑張れなかったかもしれない。八代で出会った某氏から,「山陰にはまだ雪が残っている。溶け出した水は夜凍る」と言われ,そっちのほうは,もう投げ出している。しかし,その時になったら,それを無視して走ってしまいそうな気もする。・・。何を好んで,峠を上るのか?・・・・。本日のねぐらは,長崎駅の端の方で,たたんだ屋台のおかれていた場所。壁はないが,雨に濡れないだけでもgood。洗濯物を干す。寒いので,おでんやで,おでんと焼酎のお湯割り,ねぐらに戻るのが寂しいので2軒まわる。24:00頃,寝る。

3月31日(水):

平和祈念像(長崎)外人墓地へ西海橋4:40に起きる。ブレーキシューを交換する。注油し磨く。6:30,長崎駅を出て,市内観光。原爆落下中心地→平和公園→浦上天主堂→稲佐山外人墓地→諏訪神社→眼鏡橋→26聖人殉教地。8:50には,再び駅に戻り,朝食を食べ,9:23出発。市内の混雑があり,スピード出せなかったが,10:00頃より,市内を抜けてすいてくる。10:29,琴海中学あたり。左膝が痛い。11:23,大串,11:49,大村湾県立自然公園の西海橋。13:18,有田。赤絵,青華,青磁,白磁という名の4つのトンネル。永尾から,ずっと下り続いて,武男市内に入って平坦路,30km/h以上で快走。14:44,江北町山口。ネーブル2つをご馳走になる。15:44,佐賀八幡宮着。17:25,鳥栖市田代本町着。17:48,福岡県筑紫市に入る。18:30,大宰府駅着。本日の走行距離,182.7km。

4月1日(木):

天満宮で梅ヶ枝餅を食う若戸大橋をバックに人と自転車は地下道を6:50,駅員に起こされる。寒いし,湿っていて,寝ぼけていたので,何言われたか忘れたが,きっと迷惑だったのだろう。とても冷え込んでいる。天満宮で梅ヶ枝餅を食う。おみくじを買う。「旅行・・途中にて悩みあり」と出る。縁起でもない。8:02,国分寺出発。8:35,博多駅着。9:45,福間町着。足が死にかけている。朝食。宗像,遠賀,おんががわ橋,11:30,水巻町着。昼飯。12:05スタート,12:43には若戸大橋に着くが,自転車では渡れないことを知る。迂回して,渡し場より\40で渡る。14:12,和布刈公園着。関門橋が見える。60.1m地下までエレベーターで降り,780mの人道を渡る。山口県側に出る。壇ノ浦の古戦場跡らしい。15:13,小郡着。岡崎八幡宮寄って,宇部市経由,16:54,山口市。18:00,防府着。駅に寝れそうである。風呂の場所も教えてもらう。本日の走行距離,182.9km。風呂屋で見知らぬおっちゃんが,後ろから見てて,「何かやっとるでしょう。普通の人と体が違う。均整取れてるね。」とほめてくれた。前から見たら?

4月2日(金):

広島の原爆ドーム前で5:30起床。外は寒いが,駅構内は暖かく良く眠れた。6:30出発。徳山経て,10:20岩国(錦帯橋)着。しばし混雑。11:38に宮島桟橋。大鳥居が見える。もみじ饅頭を食べる。マズイ。13:00に広島の平和記念公園。国道2号線を走るが,脇を通る大型トレーラーにびびる。リュックからはみ出していたトレーナーの袖が風になびき,トレーラーの横に触れたらしく,泥がついていた。本当に恐い。15:05にパンク。交換したチューブが又不良にて,修理に1時間を費やす。17:35三原駅前。パンクによる1時間のロスが大きい。本日の走行距離206.1km。駅前のバス乗場の椅子はソファーのようになっており,快適だった。

4月3日(土):

後楽園(岡山),雨の後で凍えている7:20三原駅前を出発。激しい雨。それでも,3.5kmほどの坂をぐるぐる上って,千光寺公園に行き,展望台より尾道城や港を見る。9:40福山駅着。バケツで水をかけられながら走っている状態で,ポンチョも役にたたず,全身びしょ濡れである。うらめしきダンプカー。岡山までの距離は60km。向い風も強くなりめげそうである。12:00頃,倉敷市に入る。見学する余裕はない。12:39,前日に続きパンク。強雨のなか500mほど引いて歩き,ジャスコの軒下で修理。昼もここで済ませ13:48発。

14:10に岡山市着。道を間違え,14:35にようやく市内へ。15:00に後楽園着。見学。雨に濡れた体は冷え切り疲労感ただよう。総走行距離も2000kmを越えた。ここ岡山を今回のツーリングの終点とした

コインランドリーで洗濯,そして風呂に入る。19:59発のこだまに乗り,22:34大阪着。23:30発の立山5号に乗りこむ。

4月4日(日):

糸魚川7:08/8:08,柏崎10:04/11:04,新潟13:45/16:40,米沢20:47着。


コースプランコースプラン地図

作成日は,1982.3.4となっているので,決行の約1ヶ月前の時期である。この時は,四国・九州・中国地方の全県を走破しようと思っていたので,16日間で2500kmのコース案になっていた。実際は,中国地方全県を諦め,山陽地方に限定した。できれば,自転車でのスタート地点(明石)にゴールして1周としたかったが,体調・天候・パンクなどの関係で,岡山ゴールとなった。3/22に実家を出て4/4に下宿先に着くまでの2週間。自転車での走行は12日間。電車やフェリー以外は,全て野宿で敢行した。