新幹線通勤日記(2/4)

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2000年3月2日(木)

 新幹線定期券を購入する。赤い丸幹スタンプが特徴である。期間は 3ヵ月。高額であるためか6ヵ月定期券は存在しない。真新しい定期 券は気分が良いのだが、同時に、紛失しないようにと気を引き締めな ければ。そう、この薄っぺらなカードが、自分が携帯するものの中で 最も高価なものなのだ。この定期券を、私は名刺入れに納めて胸ポケ ットにしまう。厚みが常に心臓の上で感じるられるようにするためだ。 そこまでしているにも関わらず、昨年の1月末、私はこの大事な定期 券を札幌で落としてしまった。
 夜遅くに札幌入りした私は、ホテルに向う途中で、滑って転び眼鏡 を雪の中に飛ばしてしまった老紳士に出会った。手を差し伸べつつ、 見つからないと思いながらも一緒に周囲を見渡すと、雪の中で僅かに 光るフレームを発見(そう、私の視力は2.0に近いのだ)。老紳士にえ らく感謝された。ここまでは良かったのだが、ホテルに戻る途中、先 ほどの老紳士が転んだあたりで自身も転倒。自分の学習能力のなさを 嘆きながらも、その後はホテルにて就寝。すると翌朝、私は東京から の電話に起こされることになった。その内容は、札幌西警察署に、私 の定期券と社員証が届いているというもの。はっと胸ポケットに手を あてると、確かにいつもの厚みが無くなっていた。どうやら、前夜の 転倒時に定期券を落としていたらしい。仕事が長引き受付終了時間に 遅れたが、遺失物係りの担当の方は待っていてくれた。親切な方が拾 い、名前も告げずに届けて下さったらしい。もし、落としたことに自 分で気がついていたなら、凍てつく札幌の街で定期券を捜し回ること になっていたであろう。気付きの悪さも、たまには役に立つ、といっ たところだろうか。

 

3月7日(火)

 水沢江刺(岩手)への出張。仙台駅での乗換えで、14両編成である はずのやまびこ・こまち号の16号車に乗るという不思議な体験をした。 やまびこ号には8両編成と10両編成の場合があるが、いずれの場合で も、こまち号にはなぜか11〜16号のナンバーがふられるため、このよ うなケースが存在するのだ。はじめてホームでアナンスを聞いた時は、 我が耳を疑ったものだ。
  納得後乗車するも、福島駅で乗り換え。このままでは、我が家のあ る新白河を通過して東京まで行ってしまうからだ。同じホームで、次 の上りの新幹線を待つ。やがて、予定時刻近くになったので電光案内 板を見ると、どうも記憶していた時刻と数分違った表示になっている。 ダイヤ改正? と思いながらも目を凝らしてよく見ると、これまたな ぜか、下り電車の発着時刻が表示されている。そう、福島駅の14番ホ ームは、上りの東京方面と下りの山形・仙台方面が混在する特殊なホ ームであったのだ。

 

3月14日(火)

 出勤前の持物チェックは欠かせない。新幹線通勤における忘れ物は 致命的だからだ。重要な書類を忘れたからといって、家族に東京まで 持ってきてもらう、というわけにもいくまい。  もう一つ重要なのは、天気予報のチェックである。白河と東京とで は、気温も天気も全く別世界ということが少なくない。白河が晴天で も東京が雨だったり、白河が雪で凍りついていても、東京ではコート がいらないほど暖かい、などということは日常茶飯事である。
  今朝も白河が薄っすらと雪景色であるのに対し、一方東京では、こ こかしこに春の雰囲気が漂うポカポカ陽気。新白河駅のホームにたど りつくまで冷気を防いでくれていたコートが、東京では邪魔者扱いと なってしまう。そんな昼休み、会社近くのベンチでは、猫が気持ち良 さそうに日向ぼっこをしていた。この季節感のずれも、新幹線通勤者 ならではの楽しみといえるだろう。まもなく、東京では花見のシーズ ンとなるが、東京で桜が散った後、再び白河で花見を一から楽しむこ とができる。春を時間差で楽しむ贅沢もあるということだ。
  気象庁の長期予報を聞くと、どうやら今年の夏は暑くなるらしい。 白河で最高の季節は夏である、と私は声高に言いたい。東京がクーラ ーを唸らせても暑苦しい真夏日、白河は天然のクーラーが高原並みの 爽やかな冷気を運んできてくれる。ふとんの中で朝まで熟睡できた時、 通勤時間がいくらかかろうがここに住んでいて良かった、と真に思う。 白河の良さが実感できる季節、それが夏である。

 

3月21日(火)

 帰りのMaxやまびこ号は満席状態であったが、小山駅(栃木)で 降車する人が多く空席ができる。空いた席へと移動すると足元に定期 券が落ちていた。拾い上げて見ると、神田−小山間の定期券である。 他人事とは思えず、あわてて席を立ち周囲の方に声をかけていると、 ようやく降車口付近で落とし主を発見。無事手渡すことができた。落 とし主は勿論のこと、一部始終を見守っていた車内の通勤者とおぼし き方々も一様にほっとした表情を浮かべていた。車内の空気が和んだ 一瞬。新幹線通勤者にとっては、身につまされる出来事だったのでは ないだろうか。なんとなくではあるが、札幌でのお礼を少しできたよ うな、そんな気がした。

 

3月24日(金)

 だいぶ早く目が覚めた。時計を見ると午前3時。外は雨と風が強く、 春の嵐といった様子である。今日は内輪の送別会がある。といっても 送られる側の立場なのだが。  新たな業務への不安・期待を抱きつつ、長くお世話になった現在の 職場の後輩に将来を託す。その後、皆に別れを告げ新幹線に乗り込む。 新白河駅に降り立つと、季節外れの雪が降っていた。ふと、イルカの 『なごり雪』のフレーズが頭に浮かぶ。
 4月からは、新白河−東京間の新幹線通勤となる。所用時間は同じ なのだが、新幹線内で過ごす時間は約26分間長くなる。私の新幹線通 勤ライフは、今以上に充実したものになるだろう。